
京都を代表する観光名所である金閣寺と銀閣寺。
どちらも修学旅行や観光で一度は訪れたことがある方も多いのではないでしょうか。
「金閣寺を建てた人は誰だったかな」「銀閣寺を建てた人って同じ人物だっけ」と、ふと疑問に思うことがあるかもしれません。
歴史の授業で習ったはずなのに、意外と記憶があいまいになっていることも多いものです。
この記事では、金閣寺と銀閣寺を建てた人物について、それぞれの歴史的背景や建立の目的まで詳しく解説します。
読み終えるころには、両寺院の違いがはっきりと理解でき、次に京都観光へ行く際にはより深い視点で楽しめるようになることでしょう。
金閣寺を建てた人は足利義満、銀閣寺を建てた人は足利義政

結論からお伝えします。
金閣寺を建てた人は室町幕府3代将軍の足利義満です。
そして、銀閣寺を建てた人は室町幕府8代将軍の足利義政です。
つまり、金閣寺と銀閣寺は同じ「足利」姓を持つ人物が建てていますが、同一人物ではありません。
義満と義政は祖父と孫のような関係ではなく、義満から数えて5代後の将軍が義政にあたります。
両者の間には約80年もの時間差があり、それぞれが生きた時代の文化や政治状況も大きく異なっていました。
この違いが、金閣寺と銀閣寺の建築様式や雰囲気の違いにも反映されています。
金閣寺の正式名称は鹿苑寺
金閣寺という呼び名は通称であり、正式名称は鹿苑寺(ろくおんじ)といいます。
臨済宗相国寺派に属する禅宗寺院で、世界遺産「古都京都の文化財」の構成資産の一つとして登録されています。
「鹿苑」という名前は、足利義満の法号「鹿苑院殿」に由来しています。
義満が亡くなった後、彼の遺言によって北山殿が禅寺に改められ、鹿苑寺と名付けられました。
銀閣寺の正式名称は慈照寺
銀閣寺もまた通称であり、正式名称は慈照寺(じしょうじ)といいます。
こちらも臨済宗相国寺派の寺院であり、金閣寺と同じく世界遺産に登録されています。
「慈照」という名前は、足利義政の法号「慈照院殿」に由来しています。
義政の死後、東山山荘が寺院に改められて慈照寺となりました。
足利義満が金閣寺を建てた理由と時代背景
金閣寺がなぜ建てられたのか、その背景を理解するためには、足利義満という人物と室町時代の政治状況を知る必要があります。
足利義満とはどのような人物だったのか
足利義満は1358年に生まれ、1368年にわずか10歳で室町幕府の3代将軍に就任しました。
彼は室町幕府の最盛期を築いた人物として知られています。
義満の最大の功績は、約60年にわたって続いた南北朝の分裂を統一したことです。
1392年、南朝と北朝を合一させ、日本の政治的統一を実現しました。
また、明(中国)との間で日明貿易(勘合貿易)を開始し、「日本国王」として外交を行いました。
国内外において強大な権力を誇り、天皇をも凌ぐほどの権威を持っていたとされています。
北山殿の造営と金閣寺の誕生
1397年、足利義満は京都の北山に広大な山荘を造営しました。
これが北山殿(きたやまどの)と呼ばれる邸宅です。
北山殿の土地は、もともと公家の西園寺家が所有していた別荘でした。
義満がこれを譲り受け、大規模な改築を行って自らの住居としたのです。
北山殿には多くの建物がありましたが、その中心となったのが舎利殿です。
舎利殿は仏舎利(釈迦の遺骨)を安置するための建物で、外壁に金箔が貼られていたことから「金閣」と呼ばれるようになりました。
義満は1408年に亡くなりましたが、その遺言によって北山殿は禅寺に改められました。
これが現在の鹿苑寺、すなわち金閣寺の始まりです。
金閣寺が象徴する北山文化
足利義満の時代に栄えた文化は北山文化と呼ばれています。
金閣寺はまさにこの北山文化を象徴する建造物です。
北山文化の特徴は、公家文化と武家文化、そして禅宗文化が融合していることです。
金閣の建築様式にもそれが表れています。
- 1階(法水院):寝殿造という公家の住宅様式
- 2階(潮音洞):書院造という武家の住宅様式
- 3階(究竟頂):禅宗様の仏殿建築
このように、一つの建物の中に三つの異なる様式が取り入れられているのは、義満の権力と文化的な野心を示しているといえます。
金閣に貼られた金箔の意味
金閣の外壁には約20万枚もの金箔が貼られています。
なぜこれほどまでに金を使ったのでしょうか。
一説には、義満の権力と富を誇示するためだったとされています。
南北朝を統一し、日明貿易で莫大な富を得た義満にとって、金閣はその栄華を形にしたものでした。
また、金には仏教的な意味もあります。
極楽浄土を表現するために金が用いられることがあり、金閣は極楽浄土を地上に再現しようとしたものとも解釈されています。
足利義政が銀閣寺を建てた理由と時代背景
銀閣寺が建てられた背景には、足利義政という人物の性格と、彼が生きた困難な時代が深く関わっています。
足利義政とはどのような人物だったのか
足利義政は1436年に生まれ、1449年に室町幕府の8代将軍に就任しました。
義政は政治よりも芸術や文化を愛した人物として知られています。
しかし、義政の治世は決して順調ではありませんでした。
彼の時代には飢饉や疫病が相次ぎ、さらに将軍の後継者問題をめぐって大きな争いが起こりました。
それが1467年に始まった応仁の乱です。
この戦乱は約11年間続き、京都の市街地は焼け野原となりました。
東山山荘の造営と銀閣寺の誕生
応仁の乱の最中、義政は将軍職を息子の義尚に譲り、政治の第一線から退きました。
そして1482年、京都の東山に山荘を造営し始めました。
これが東山山荘(ひがしやまさんそう)、または東山殿と呼ばれる邸宅です。
義政はここで、文化人たちと交流しながら余生を過ごすことを望んでいました。
東山山荘の中心となる建物が観音殿です。
観音殿は観音菩薩を安置するための建物で、後に「銀閣」と呼ばれるようになりました。
ただし、銀閣には実際には銀箔は貼られていません。
「銀閣」という名前は、金閣に対比して後世につけられた通称です。
義政は1490年に亡くなりましたが、東山山荘は彼の死後に禅寺に改められました。
これが現在の慈照寺、すなわち銀閣寺です。
銀閣寺が象徴する東山文化
足利義政の時代に栄えた文化は東山文化と呼ばれています。
銀閣寺はこの東山文化を代表する建造物です。
東山文化の特徴は、侘び寂び(わびさび)の美意識です。
華やかさよりも、簡素で奥深い美しさを重んじる傾向がありました。
銀閣寺の建築様式には、この侘び寂びの精神が反映されています。
- 1階(心空殿):書院造の住居空間
- 2階(潮音閣):禅宗様の仏殿建築
金閣のような豪華絢爛さはありませんが、落ち着いた佇まいの中に深い美しさがあります。
東山文化は、現代の日本文化の基礎を形作ったともいわれています。
東山文化が生んだ日本の伝統文化
東山文化の時代には、現代にまで続く多くの伝統文化が発展しました。
- 茶道:村田珠光による侘び茶の確立
- 華道:立花の発展
- 書院造:畳、床の間、障子、襖などを備えた和室の原型
- 枯山水:石と砂で自然を表現する庭園様式
- 水墨画:雪舟による日本独自の様式の完成
- 能楽:観阿弥・世阿弥以来の芸術の洗練
銀閣寺の境内にある向月台や銀沙灘といった白砂の造形も、東山文化の美意識を今に伝えています。
金閣寺と銀閣寺の違いを比較する
金閣寺と銀閣寺には、建てた人物だけでなく、様々な違いがあります。
ここでは具体的に両者を比較してみましょう。
建立者と建立年代の違い
| 項目 | 金閣寺(鹿苑寺) | 銀閣寺(慈照寺) |
|---|---|---|
| 建てた人 | 足利義満(3代将軍) | 足利義政(8代将軍) |
| 造営開始 | 1397年 | 1482年 |
| 寺院化 | 1408年(義満の死後) | 1490年(義政の死後) |
| 時代の文化 | 北山文化 | 東山文化 |
両者の間には約85年の時間差があることがわかります。
建築様式と外観の違い
金閣と銀閣は、見た目からして大きく異なります。
金閣の特徴
- 3層構造の楼閣建築
- 外壁に金箔が貼られている
- 屋根の上に鳳凰の像がある
- 池泉回遊式庭園の鏡湖池に面して建つ
銀閣の特徴
- 2層構造の楼閣建築
- 外壁に銀箔は貼られていない(漆塗り)
- 屋根の上に鳳凰の像がある
- 向月台や銀沙灘などの白砂の造形がある
金閣が華やかで力強い印象を与えるのに対し、銀閣は落ち着いた静謐な雰囲気を持っています。
建立の目的の違い
両者が建てられた目的にも違いがあります。
義満が北山殿を造営した目的は、自らの権力と富を誇示することでした。
南北朝を統一し、最高権力者となった義満にとって、金閣は成功の象徴だったといえます。
一方、義政が東山山荘を造営した目的は、政治から離れて文化に没頭することでした。
応仁の乱という混乱の中で、義政は芸術の世界に安らぎを求めたのです。
この違いが、金閣の豪華さと銀閣の簡素さという対照的な美しさを生み出しました。
現在の建物の歴史
金閣寺の舎利殿(金閣)は、1950年に放火によって焼失しています。
この事件は三島由紀夫の小説『金閣寺』の題材にもなりました。
現在の金閣は1955年に再建されたものです。
一方、銀閣寺の観音殿(銀閣)は創建当時の姿をほぼそのまま残しています。
国宝に指定されている貴重な室町時代の建築です。
金閣寺と銀閣寺を訪れる際の観光情報
金閣寺と銀閣寺は、京都観光では外せない定番スポットです。
ここでは訪問の際に役立つ情報をお伝えします。
金閣寺へのアクセスと基本情報
金閣寺は京都市北区に位置しています。
最寄りのバス停は「金閣寺道」で、京都駅からバスで約40分です。
- 住所:京都府京都市北区金閣寺町1
- 拝観時間:9時〜17時
- 拝観料:大人500円
金閣寺周辺には、竜安寺(りょうあんじ)や仁和寺(にんなじ)といった世界遺産の寺院があります。
「きぬかけの路」と呼ばれる散策路で結ばれており、歩いて巡ることができます。
銀閣寺へのアクセスと基本情報
銀閣寺は京都市左京区に位置しています。
最寄りのバス停は「銀閣寺道」で、京都駅からバスで約30分です。
- 住所:京都府京都市左京区銀閣寺町2
- 拝観時間:夏季8時30分〜17時、冬季9時〜16時30分
- 拝観料:大人500円
銀閣寺から南禅寺へと続く哲学の道は、桜や紅葉の名所として知られています。
約2キロメートルの疎水沿いの小道で、のんびりと散策を楽しめます。
金閣寺と銀閣寺を1日で巡るモデルコース
金閣寺と銀閣寺を同じ日に訪れたい場合のモデルコースをご紹介します。
午前
- 京都駅からバスで金閣寺へ(約40分)
- 金閣寺を拝観(約45分〜1時間)
- 龍安寺へ移動(徒歩約15分)
- 龍安寺の石庭を拝観(約30分)
午後
- 龍安寺からバスで銀閣寺道へ移動
- 銀閣寺を拝観(約45分〜1時間)
- 哲学の道を散策
- 南禅寺または平安神宮へ
このコースなら、北山文化と東山文化の両方を1日で体感できます。
季節ごとの見どころ
金閣寺と銀閣寺は四季を通じて異なる表情を見せてくれます。
春(3月〜5月)
桜の季節は特に美しく、金閣と桜の組み合わせは絶景です。
哲学の道の桜並木も見事です。
夏(6月〜8月)
緑が深まる季節で、庭園の苔や木々が生き生きとしています。
早朝の参拝がおすすめです。
秋(9月〜11月)
紅葉の季節は最も混雑しますが、その美しさは格別です。
金閣と紅葉、銀閣と紅葉のコントラストは必見です。
冬(12月〜2月)
雪が積もった日の金閣は、特に幻想的な美しさがあります。
訪問者が少ない冬は、静かに拝観したい方におすすめです。
金閣寺と銀閣寺の周辺にある京都の名所
金閣寺と銀閣寺の周辺には、あわせて訪れたい名所が数多くあります。
金閣寺周辺の観光スポット
龍安寺(りょうあんじ)
枯山水の石庭で世界的に有名な禅寺です。
15個の石が配置された庭園は、どの角度から見ても1つの石が隠れて見えないように設計されているといわれています。
仁和寺(にんなじ)
真言宗御室派の総本山で、世界遺産に登録されています。
遅咲きの御室桜で知られ、背の低い桜が境内を埋め尽くす光景は壮観です。
北野天満宮
学問の神様として知られる菅原道真を祀る神社です。
梅の名所としても有名で、受験シーズンには多くの参拝者が訪れます。
銀閣寺周辺の観光スポット
哲学の道
銀閣寺から南禅寺まで続く約2キロメートルの散策路です。
哲学者の西田幾多郎が思索にふけりながら歩いたことからこの名がつきました。
南禅寺
臨済宗南禅寺派の大本山で、日本の禅寺の中で最も格式が高いとされています。
巨大な三門や、水路閣(琵琶湖疏水の水道橋)など、見どころが豊富です。
永観堂(禅林寺)
「みかえり阿弥陀」と紅葉で知られる浄土宗の寺院です。
秋の紅葉ライトアップは京都屈指の美しさです。
平安神宮
平安遷都1100年を記念して創建された神社です。
朱塗りの大鳥居や神苑の庭園が見どころです。
京都の他の世界遺産と合わせて巡る
金閣寺と銀閣寺は、「古都京都の文化財」として世界遺産に登録されています。
同じ世界遺産の構成資産を巡る旅もおすすめです。
- 清水寺:音羽の滝と舞台で有名
- 二条城:徳川家の栄華を伝える城郭
- 下鴨神社:京都最古の神社の一つ
- 上賀茂神社:賀茂別雷大神を祀る古社
- 東寺:五重塔で有名な真言宗の総本山
- 西本願寺:浄土真宗本願寺派の本山
- 天龍寺:嵐山を借景とした庭園が美しい禅寺
これらの寺社を組み合わせて巡ることで、京都の奥深い歴史と文化をより深く理解できることでしょう。
まとめ:金閣寺と銀閣寺を建てた人と両寺院の魅力
この記事では、金閣寺と銀閣寺を建てた人について詳しく解説してきました。
最後に要点を整理します。
- 金閣寺を建てた人は足利義満(室町幕府3代将軍)です
- 銀閣寺を建てた人は足利義政(室町幕府8代将軍)です
- 金閣寺は1397年に北山殿として造営が始まりました
- 銀閣寺は1482年に東山山荘として造営が始まりました
- 金閣寺は北山文化、銀閣寺は東山文化を象徴しています
- 金閣寺の正式名称は鹿苑寺、銀閣寺の正式名称は慈照寺です
- どちらも世界遺産「古都京都の文化財」に登録されています
金閣寺の華やかさと銀閣寺の静謐さは、それぞれの時代と建立者の個性を反映しています。
義満の権力志向と義政の芸術志向という対照的な性格が、二つの寺院の違いを生み出しました。
京都を訪れる際には、ぜひ両方の寺院を訪れてみてください。
建てた人の人生や時代背景を知った上で見る金閣と銀閣は、きっとこれまでとは違った印象を与えてくれることでしょう。
歴史を知ることで、旅はより深く、より豊かなものになります。
金閣寺と銀閣寺の違いを実際に目で確かめ、室町時代の二人の将軍が残した文化遺産を堪能してください。